■内部通報制度の概要
内部通報制度とは企業の内部で起こっている、あるいは起こると予想される不正を従業員が安全に通報できる制度のことです。
従業員が301人以上の事業者については内部通報のための窓口である「内部通報窓口」の設置が義務付けられていて、99%近い企業が窓口を設置しています。
もしも設置を怠ってしまうと行政によって指導や勧告を受けることや事業者名が公表されることがあるので注意が必要です。
一方、従業員300人以下の企業については、この窓口の設置はあくまでも努力義務ということになっています。
実際、従業者300人以下の企業で内部通報窓口を設置しているのは40%ほどで、大企業と比べるとまだ十分とは言えません。
・制度の目的
通常、企業内の不正に関する情報というものは従業員から上司、そして経営者へと伝わり、そこで是正が行われるのが正常なあり方です。
しかしながら、組織的な不正の場合は経営者自体が問題に関与しているケースも多く、たとえ報告があがってきたとしてもその場で握りつぶされてしまうため、通常の報告ルートが機能しません。
このような状況が、近年多発している企業によるデータ偽装やリコール隠し、食品偽装といった問題の背景にあることは明らかです。
不正に最初に気づくことができるのはおそらく従業員ですが、内部通報制度が整備されていない状況ではたとえ不正を通報したとしても上層部に握りつぶされてしまうことが多く、また通報者に対して不当な解雇や降格人事といった制裁が下されることも珍しくありませんでした。
そこで、従業員が会社内の不正を安全に通報できるとともに、自浄作用によって不正の発見を容易にすることを主な目的として、この制度が整備されたのです。
・制度を利用できる人、通報対象となる内容
内部通報制度を利用して不正を通報することができるのは、その企業内の労働者です。
ここで定義されている労働者には正社員はもちろんのこと、派遣労働者やアルバイト、パートタイマーが含まれますし、現在は退職している人でも通報当時は従業員であったならば制度による保護対象者に含まれます。
また、この制度は一般企業に勤務する労働者だけでなく、公務員にも適用されます。
通報対象となる内容は労務提供先で生じている、またはまさに生じようとしている不正です。
ここで言う労務提供先とは、勤務先や派遣先、取引先のことです。
また、不正の内容については「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律」に違反する犯罪行為となっていて、具体的にどの法律が対象となるのかということについては公益通報者保護法に定められています。
この中には先ほど紹介したデータ偽装やリコール隠し、食品偽装といった問題のほか、セクハラやパワハラ、サービス残業なども含まれます。
なお、公務員については「通報することが公務員に定められている守秘義務に反するのではないか」と指摘されることがありますが、犯罪行為に関する情報は保護するに値しないため、通報しても問題ありません。
・制度導入の効果
内部通報制度では通報者は不正を通報したことによって不利益な取り扱いを受けることがないように公益通報者保護法によって保護されています。
厳格な秘密保持によって通報者の情報は守られるので、通報を行ったからといって解雇されたり、リストラを目的に部署を移動させられたりといった心配はありません。
その結果、企業内の不正が露見するきっかけの中で内部通報の占める割合は58.8%と、内部監査の37.6%を大幅に上回っています。
(参考:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/pr/pdf/pr_191018_0003.pdf)
・内部通報と内部告発の違い
内部通報と混同しやすい言葉に内部告発があります。
どちらも「内部で隠蔽されている問題を明らかにして改善を求める」という意味では同じですが、通報先が別です。
内部通報の場合は労務提供先が企業内、あるいは外部に設置した内部通報窓口が通報先となりますが、内部告発の場合は行政や司法、マスコミなど、労務提供先とはまったく異なる外部へ通報することを意味します。
■内部通報制度のメリット
・不祥事を予防することができる
企業の不祥事といっても規模はさまざまであり、「ある一人の従業員が帳簿を不正に偽造して現金を横領した」といったケースもあれば、「企業ぐるみで製品のデータを偽装して取引先の企業や消費者を騙そうした」という大掛かりなケースもあります。
ただ、どちらのケースにも共通していることはコンプライアンスの欠如であり、「自分あるいは企業の利益のためならコンプライアンスに違反しても構わない」という意識の低さが根底にあるのは間違いありません。
しかし、内部通報制度が十分に機能している企業であれば「もし不正をしてしまったら通報されて処分を受けるかもしれない」という気持ちが大きくなるため、不正を行うことをためらわせることができます。
この結果、不正の発生件数を減らすことができるのです。
・早期発見により不祥事の拡大を防ぐ
すでに社内で不正が行われていた場合、通報制度を導入することで不正を早期に発見する可能性が高くなるのも大きなメリットです。
長年にわたってデータ改ざんなどの不正が見過ごされているようであれば取引企業や消費者の受ける被害は非常に大きなものとなりますし、横領などがあればその企業自身の損害も大きくなります。
社会に大きな損害が及んでしまえば責任はとても重いものになりますし、当然ながら受けるペナルティーもかなりなものとなるため、企業の受けるダメージも甚大なものとなることは想像に難くないでしょう。
場合によっては企業の存続が危ぶまれる事態に発展してしまうこともあります。
このようなことを避けるためにも、不正を早期に発見し、まだ火種の小さなうちに拡大を防ぐことはとても重要なことなのです。
・外部への情報漏洩を防ぐ
社内で不正が行われていることを知った社員が「この不正を正したいと」思った時、内部通報制度がなかったらどうするでしょうか。
おそらく上司に相談しても無駄ですし、場合によっては「告げ口をした」と誹りを受けることにもなりかねないので、内部告発という形で行政機関やマスコミに情報を流すことになるでしょう。
そうなれば、不正をしていることが白日の下に晒されることになり、企業イメージが大きく損なわれてしまうことになるのです。
しかし、通報制度が導入されていれば不正は企業の設置した内部通報窓口に通報されることになるので、対応次第では外部に不正が漏れることなく、内々で対処することが可能になります。
企業イメージを損なうこともないでしょう。
・企業の信頼性アップにつながる
近年は企業コンプライアンスやコーポレート・ガバナンスといったことが声高に叫ばれるようになり、特に大企業では不祥事を予防するためにコンプライアンスやガバナンスの強化・徹底に力を入れています。
しかしながら、どんなに努力しても不正を完全になくすことは不可能です。
そこで重要になるのが、「不祥事を起こさないためにどのような取り組みをしているのか」という姿勢を示すことであり、「内部通報制度が十分に実行されているのか」がその基準の1つとなっています。
たとえば消費者庁の調査では「内部通報制度がしっかりと機能している企業と取引をしたい」と考えている企業が89%、また、転職希望者の82%が「内部通報制度の整備されている企業に転職したい」と考えていることからも、通報制度が高い信頼性を得るために欠かせないものになっていることが理解できます。
たしかに、内部通報窓口を設置すればコストが増えるなどのデメリットも出てくるわけですが、社会的信頼につながることや優秀な人材を獲得できることを考えれば、むしろメリットのほうが何倍も大きいと言えるでしょう。
■内部通報窓口の設置と注意点
・社内窓口と社外窓口
内部通報窓口の設置を行う場合、まず最初に考えるべきは「窓口を社内のみに設けるのか、それとも社外にも設けるのか」ということです。
社内窓口のメリットは設置に要する時間やコストが少なくて済むという点です。
窓口業務にあたるのは総務部や法務部、監査部といった社員たちなので、通報窓口専門のスタッフを雇用する必要もありません。
もちろん、通報制度がきちんと機能しているのであれば社内窓口を設置するだけでも十分な効果を期待することができますが、たとえ安全だと頭では理解していても社内窓口から不正を通報することに対して「通報したことが社内に知られてしまうのではないか」といった不安や抵抗を感じる社員は少なくないでしょう。
そのようなことを考えると、社外にも窓口を設置するほうがベターでしょう。
社外窓口には一般的に法律事務所や民間の専門機関へ委託することになるので、安心して利用することができます。
社外窓口を設置することで通報制度が機能すればリスク管理も確実に行うことができるようになるので、社員だけでなく企業にとっても望ましいことです。
・通報者の秘密保持を徹底する
内部通報窓口を設置するうえで、通報者が不利益な扱いを受けないように秘密を保持することも非常に重要です。
もし、情報の取り扱いが万全でなければ社員は「もし通報したら解雇されるのではないか」「昇進に影響が出るのではないか」と考え、通報をためらってしまうと考えられます。
そのようなことを避けるためにも、窓口を設置する際には「安心して通報できる」ということを社員に周知させておく必要があります。
・窓口の環境整備
社内に通報窓口を設置する場合は、その環境にも十分に配慮するべきです。
通報窓口を訪れたことが外部から見える状態であれば、「あの人が何か通報している」とすぐに社内で噂になってしまいます。
また、電話で通報する際に会話内容が他人にも聞こえてしまうようであれば通報内容を知られてしまう可能性もあります。
通報窓口を設置するならば、誰がどのようような通報をしたのか外部からわからないようにしなければなりません。
・通報後の対応方法を決める
通報窓口を設置するにあたって、事前に通報を受けた時の対応法についても決めておくようにしましょう。
特に、誰が調査するかはとても重要な問題です。
不正を発見して通報したとしても、その調査にあたるのが経験も専門的な知識もほとんどないような社員であれば効果を期待することはできません。
法律的な知識を持つ経験豊かな弁護士に委任するなど、適切で公正な調査が可能であることをしっかりと示すことが大切です。