■自社を法的に守るべき時代
近年、特に中小企業間取引において契約書に関するトラブルに巻き込まれるケースが増えています。
経営者にとって想像もしていないことかもしれませんが、すでに社会の在り方が変わり、自社のことはあらかじめ法的に守るべき時代に突入しているのです。
日本は司法制度が改革され続けており、1999年以降は法律事務所の広告が自由化されるなど、司法へのアクセスがしやすい環境が整いつつあります。
弁護士の人口も増加傾向にありますので、中小企業経営者こそ司法を積極的に活用し、自社を守る策を講じる必要があるといえるでしょう。
ただ、問題は起こさないのが第一なのはいうまでもありません。
具体的にどのようなトラブルが起こっているのか、あらかじめケーススタディを行っておくことは重要です。
ここでは実際にあった企業間取引のトラブル事例を挙げ、具体的なケーススタディを進めます。
■代表的な企業間トラブルの種類
1.リース契約のトラブル
リース契約はリース会社と契約者間だけでなく、リース物件を提供する企業が間に入るため、関係性が複雑になります。
セールストークに乗ってしまった、忙しくて十分に説明を聞かなかった、契約書の内容をしっかり理解せずに契約してしまったことで、後からトラブルが起きるケースが少なくありません。
また、リース物件に欠陥や故障があっても、特約がない限り、リース会社の瑕疵担保責任を追及することができません。
リース料を払っているのに使えないといったトラブルが起きやすいので、契約書に特約を盛り込むなど事前予防策が必要です。
リース契約の契約書を顧問弁護士にチェックしてもらう、特約を盛り込んでもらうなど交渉してもらうのがおすすめです。
2.取引に関するトラブル
企業間取引においては思わぬトラブルはつきものです。
契約書の事前確認ミスや取引が途中で頓挫してしまった場合の違約金を巡るトラブルや損害賠償請求、取引相手が反社会的勢力であった場合も大きな問題となります。
事前防止のために契約書のチェックやひな形の作成を顧問弁護士に依頼する、反社会的勢力の事前審査を反社会的勢力に強い法律事務所に依頼するなどしましょう。
3.債権回収
取引相手の経営状態が悪化したり、顧客が支払いをしなかったりなど債権回収を巡るトラブルも絶えません。
自社で督促をしても、「もう少し待ってほしい」といつまでも支払いが受けられず、そのまま倒産してしまうリスクもあります。
顧問弁護士がいない場合には、督促に強い法律事務所に依頼するのがおすすめです。
4.損害賠償請求
システム障害などで業務に支障が生じた、取引先に委託した業務で個人情報や企業機密などが流失させられた、経営幹部や従業員が資金を不正流用や詐欺を行ったなどで損害賠償請求をしたいケースも、スムーズに解決するためにも、直接、相手方とやり取りをせず、弁護士を介して法的な手続きを取ることが大切です。
事例1:リース契約の解約に関する事例
小規模事業者A社の元へ、B社からの訪問営業がありました。
ネットワーク関連の周辺機器などのリース契約で、A社は詳細をよく理解しないまま毎月8万円の契約料を5年間、総額480万円を支払う契約を締結。
B社が帰った後、これほど高度なネットワーク機器は必要ないことに気付き、B社にすぐ解約したい旨を伝えたところ、解約は不可能だと言われます。
中途解約するとしても期間分のリース料は全額支払わなければならないと言われ、A社は困窮し、弁護士事務所へ相談に訪れています。
当事例では、A社がもし法人ではなく一般消費者であればクーリング・オフが可能となります。
クーリング・オフはご存じの通り、特定商取引法上の訪問販売にあたる場合、一定期間内に契約解除を申し出れば一切のペナルティなしに一方的に契約を破棄できます。
ところが企業間の取引は話が別で、原則として特定商取引法は適用されません。
購入商品やサービスが完全に個人用もしくは家庭用に使用されるものであれば適用される場合もありますが、営業に使用されるものであれば非常に難しくなるでしょう。
この場合、司法としては民法の規定に基づき、錯誤や詐欺、公序良俗に違反するなどの主張を行い、裁判で解決を導くことになります。
企業である以上、無条件で契約をなかったことにはできませんので厳重に注意が必要ですが、諦めずに弁護士へ相談することが大切です。
事例2:納期遅れなどによる未払いの事例
中小企業A社は、B社の依頼で機器の製作および据付工事を行いました。
ただ厳しい納期により当初予定から2ヶ月の遅れを生じ、納品された機器の性能もB社が当初期待していた数値にたどり着くことができませんでした。
A社は可能な限り補修を実施し、B社の業務に特別な支障を出すことなく稼働できるレベルとしました。
ところが製作請負代金3,500万円のうちB社はA社に2,200万円ほどを支払ったものの、約1,300万円は未払いのままとなっています。
この事例では、A社は納期の厳しさやB社から必要な協力を得られなかったことを挙げ、B社では現在も機器を使用しているのだから業務上支障はないはずだと主張しています。
一方B社は、納期のずれで業務に支障が出た分、損害を補償すべきという主張があります。
また、依頼時に仕様書に参考値を記載していたこともあり、求める性能を満たさなかったことも理由としているのです。
こうした事例では双方が弁護人を立てて法廷で争うことになり、互いに主張があるために解決がなかなか進まないケースです。
司法としては、依頼時にどのような資料のやり取りがあったのか、契約時点の事実を洗い出す必要があります。
たとえばあらかじめ納期遅れが出た場合どうするか、仕様書の数値は参考なのか保証すべき性能なのかを明確にしておけば、このような問題は起こらなかったでしょう。
企業間では契約ベースで主張の正当性が判断されることを厳格に受け止める必要があります。
また、契約は必ずしも書面を必要とせず、保証契約など例外を除けば口約束やメールでも成立します。
ただやはり契約書は証拠となるものですから、企業間では具体的かつ明確な内容を記載し、同意を押印などで明らかにすることが望ましいです。
事例3:債権回収の事例
機器の設置工事を請け負っている小規模事業者A社はB社の依頼で2回設置工事を実施しましたが、B社が2回目の代金約30万円の支払いを拒否しています。
B社の主張は、2回目の工事は1回目のA社の工事が悪いことで不具合が出たのだから、代金を支払う必要はないというものです。
A社がメーカーに問い合わせたところ、メーカーからは設置工事に問題はなく、B社の使用上の問題が原因との回答を得ています。
これは債権回収に関するトラブル事例で、相手側が支払い義務自体に異議を申し立てているケースです。
債権回収で起こり得る問題はほかにもあり、たとえば相手方の支払能力がない場合もあります。
手段は訴訟となりますが、訴訟にも一定の費用がかかるうえに、相手方に支払能力がない場合、勝訴しても必ず債権回収が可能になるとも限りません。
もしB社に支払い能力がなく異議申し立てをしている場合、A社は費用をかけて訴訟を起こしても代金を得られない可能性もあるわけです。
このように債権回収訴訟は費用対効果も考えざるを得ないケースが多いため、現実には事前に予防策に努めるしかないのが実情です。
事例4:取引先や顧客に支払いを拒否された事例
リフォーム事業を行うA社がBサロンの店舗リフォームを依頼され、工事を完了させましたが、完成後に支払われる約束をしていたリフォーム工事の残代金の支払いを拒否されました。
Bサロンが支払いを拒む理由は、リフォームに不満があるとのことです。
不満があるなら、その部分を手直しすると提案しても受け入れず、支払いを拒み続けるだけです。
A社は弁護士に相談のうえ、残代金を請求する内容証明郵便を送付しました。
法律的な解決策として、まずは内容証明郵便を送っておくことが必要ですが、これは形式的な対策にとどまり、不満を述べて支払いを拒否する相手の支払いを促進するにはつながりません。
そこで、弁護士を伴って実際に自宅を訪問し、リフォームした店舗で、何が不満なのか現場を見ながらヒアリングを実施しました。
現場調査の結果、A社にも契約時の提案内容を実現できていなかった部分があることがわかりました。
この部分については無償工事や代金減額での交渉を行い、その他の部分については残代金を支払ってもらうことで、どうにか解決ができた事例です。
近年はモンスターカスタマーと呼ばれるクレーマーが増えていますが、相手の主張が根拠のない悪質なクレームであるのか、それとも、提供した商品やサービス、工事内容などに真摯に受け止めるべき落ち度があったのか、しっかりと見極めなくてはなりません。
企業間取引で支払い拒否のトラブルがあった場合には、まずはなぜなのかを確認し、内容によって顧客の立場に寄り添いながらも、拒否する根拠に乏しい場合には支払いに向けて毅然とした態度を取ることが求められます。
事例5:未払いが続いた事例
A清掃会社はB飲食店の定期清掃サービスを請け負い、週に5回のペースで閉店後の店内および厨房の清掃を行っています。
料金は月払いとなっており、B飲食店は代金を月末までに振り込む約束を締結していました。
ですが、2ヶ月にわたって未払いが続いています。
近くにあった大手企業がオフィスを移転して、ランチや飲み会の客足が減り、売上減少で資金繰りが悪化しているとのことです。
持ち直すまで待ってほしい、営業を頑張りたいので清掃は続けてほしいと懇願されました。
A清掃会社も小さな企業で、取引先はあまり多くなく、顧客を手放したくなかったためにB飲食店の言葉を信じて清掃サービスを提供し続けました。
ですが、3ヶ月目も支払いがなく、その直後にB社は家賃も支払えなくなり、閉店廃業し、代金回収がほぼ困難となった事例です。
中小零細企業の間ではお互い様といった義理人情から、持ちつ持たれつの関係が続きがちです。
ですが、結果的に相手方が倒産し、それによって連鎖倒産というリスクもあるため注意しなくてはなりません。