■訴えずして裁判で和解するとはどういう意味か
即決和解とは、紛争の当事者同士が示談交渉で和解した結果、簡易裁判所に申し立てをして正式に和解を成立させる手段を指します。
これだけ聞くと、「なぜ和解したのに裁判所に行くのか」「和解と裁判の順序が逆ではないか」と意外に感じる人もいるでしょう。
確かに、当事者で話し合いがついた後で簡易裁判所に申し立てを行うのは、ちょっと不可思議かもしれません。
ただこれは正式には「訴訟以前の和解」として、民事訴訟法275条に定められているれっきとした制度なのです。
言葉からしても分かるように、訴えを提起する前に、すでに和解している状態を指します。
この制度で重要なポイントは、当事者がすでに合意していることであり、裁判所がその内容を相当と認めることです。
裁判所が介入する意義は、合意を「債務名義化」する点にあります。
とても簡単にいってしまえば、両者が合意した内容を裁判所のお墨付きにすることです。
債務名義は強制執行に必要な書類を指し、判決書などがそれにあたりますが、即決和解をすると示談などで決めた内容に強制執行力を持たせることができます。
例えばA社がB社に100万円を貸し付けたのに期日になっても返済されない場合、A社は裁判を起こしてB社がA社に100万円支払えという判決をもらう必要があります。
日本をはじめ法治国家では自力救済は原則禁止ですので、お金を取り立てたい場合は法に則り、強制執行をするしかありません。
強制執行ができるのは法的に限定された債権者だけで、債務名義がある場合に限ります。
つまり、実際にお金を取り立てるためには債務名義が必須となり、それに該当する確定判決書や和解調書などの公正証書が必須となるわけです。
示談で話がついたのにわざわざ裁判所に申し立てをする理由は、この和解調書を得るためほかなりません。
話がついたはずなのに、後になって約束を違えられるようなことがあれば、そのときこそこの和解調書が債務名義として強制執行力を発揮するということなのです。
■この制度が設けられた理由
ここまで読み進めた人は、法的拘束力を持たせるだけなら強制執行受諾文言付の公正証書(公文書)を作るだけでいいのではないかと考えるでしょう。
その理由は、公正証書で債務名義化できるのが金銭債務の履行に関するものに限られるためです。
つまり、前述のような金銭の貸し借りであればもちろん証書だけでいいのですが、それ以外の合意に関してはこの手法が使えません。
この制度が最も利用されやすいケースとして建物の明け渡しなどがありますが、入居者が退居すること自体は金銭債務には該当しないため、どうしても即決和解という手段が必要となります。
例えば取り壊しが決まっている建物から入居者やテナントが出て行かなければならない場合、いくら期日を決めて合意書を作成しても、その通り実行されるとは限りません。
こうしたケースでは話がこじれて結局裁判になり、強制執行がなされることが非常に多いです。
合意書を作成するに至るまで相応の時間や労力を割いているでしょうから、それが履行されないとなってから、またあらためて裁判を始めるとなると、あまりに無駄が多いとしかいえません。
例えば合意書を作る意志が固まったときにそのまま裁判所で手続きをしてしまえば、和解後に退去を渋り出しても即刻強制執行が可能となります。
明け渡しの事例はあくまでも一例ですが、あらゆる債権者にとってのリスク回避のためには、まずは知っておくべき手段で活用できる制度といえます。
■どのような手続きを必要とするのか
具体的な手続きは、当事者間の合意書を作成し、住所を管轄する簡易裁判所に申し立てを行うだけです。
この合意書を和解条項案といいますが、相手方の住所や営業所の所在地を管轄する簡易裁判所に申し立てを行うことになります。
裁判所のチェック後に和解期日が指定されますが、これには希望日の確認があります。
裁判所の確認日から最低でも10日程度は余裕を見て指定しましょう。
期日指定後は、和解条項や物件目録などを4部、当事者目録は3部を裁判所に提出します。
指定期日には当事者か代理人弁護士が出廷し、内容について裁判所が相当と認めれば、そのまま和解調書が作成され、即日当事者双方に正本が交付されるといった流れです。
自力でできなくはありませんが、一番重要なのは和解条項案の作成ですので、そこは弁護士といった専門家に相談するのも一つの手段でしょう。
全てはその内容に従い手続きが進みますので、支払日や明け渡し日など、義務履行の期限を決めて間違いのないよう進める必要があります。
裁判所への申し立て時点でまだ争っている調停とは異なり、すでに話がついているため問題がなければスムーズに進むのが大きな特徴でしょう。
示談書を公正証書化するのとほぼ同じ効力を持ち、よりリーズナブルに債権名義化できるのがメリットです。
ただし、そもそも和解に関して多少なりとも不安があるから、申し立てでお墨付きをもらうことが基本的な考え方です。
そのため完全に合意しているなら民事上の争いはないと判断され、裁判所が申し立てを行う前提条件を欠くとみなす場合もあります。
そうなると、修正や追加書類を求められることになり、受理してもらえない可能性もあります。
また原則として本人の出頭が必要であり、簡易裁判所には当事者双方が出頭し、裁判所が当事者に確認をした上で和解調書が作成されることも承知しておきましょう。
■公証人が作成する公文書との違いは
公証人が作成する公文書には記載内容の証明力があります。
代表的なものには遺言状や契約書などがありますが、示談書に法的拘束力を持たせる場合にも公文書化されることはよくあります。
先にも触れた通り、一定の金銭の支払いに関する契約については、公文書があれば民事裁判などを行わずに証書に基づき強制執行ができます。
これは民事執行法22条5号で定められている権利であり、強制執行認諾文言があれば、金銭の支払いなどをしなかったときにただちに強制力が発揮されます。
訴え提起前の和解も訴訟ではなく、民事上の紛争を速やかに解決するための手続きです。
裁判はしませんが、裁判をして和解したのと同じものとして和解調書が作成され、これが債務名義として強制執行力を持つことになります。
気になるのは双方の違いですが、もちろん共通点もあり、いずれも当事者間で話がついているのが前提です。
異なる点は前述の通り、公文書は金銭の支払いなど以外に強制力を持ちません。
ただ公文書は民事上の紛争に限られたものではなく、最初に書いたように遺言や契約を公的なものにする力があります。
例えば離婚の場合、親権や養育費、財産分与などで合意した内容を公文書化することや口頭で交わされた約束事に法的拘束力を持たたりすることができます。
一方で訴え提起前の和解のほうは、あくまでも民事上の紛争が生じたときにしか利用できません。
前述の通り、完全に合意に至っているならそこに紛争はないわけですから、裁判所も申し立てを受理しない可能性もあります。
ややこしいかもしれませんが、遺言を作成する場合には公文書、遺言に関してトラブルが生じ、当事者間で示談が成立した場合には即決和解という選択になります。
双方は作成費用も期間も異なり、公文書には収入印紙や公証人に支払う作成手数料がかかるものの、調整がつけば即作成可能です。
申し立てのほうは公文書作成より安価で済む場合が多いですが、申し立てから和解調書作成まで最低でも1ヶ月はかかるでしょう。